沖田さんからメールがきたのは夜の11時。 俺がそれをみて家から抜け出したのはその3分後。 沖田さんの姿をみつけたのは、30分後だった。
「あいたいからすぐこうえんこい」
めんどくさかったのか変換されていない文章で簡潔な命令。沖田さんらしいといえばそうなんだけど、命令はないでしょ。しかも深夜に。もう今日は寝るつもりだったのに。そう愚痴りながらしっかりスニーカーをはく自分も、どうかと思うんだけど。だって嬉しいじゃない、好きな子から(あいたい)なんて言われたら。ねえ?
「よう、やまざき」 「ちょ、何のろのろ歩いてきてるんですか、どんだけ来るの遅いんですか」 呼び出しといて30分の大遅刻って、この寒空の下俺を凍死させる気なんですか、それもひとりで!そんなの寂しすぎると訴えると沖田さんは鬱陶しそうに何おまえ、きしょいと冷たく言い放った。沖田さんの毒舌はいつもと変わらずに鋭かった。少しだけ期待、してたんだけど。ふたりでブランコの傍のベンチに腰掛ける。俺は少し沖田さんと距離を離した隅の方に座った。学校帰りの道にある公園だから、さぼりとかにもうってつけの密かなお気に入り。沖田さんはこのベンチの白がすきだと言っていた。沖田さんは持っていたコンビニ袋をごそごそと掻きまわしていた。 「なんか買ってきたんですか?」 「んー、腹へってたんだけど何にもなかったんでさ」 「俺にもちょっとなんかくださいよー」 「えー…」 あ、また嫌そうな顔。俺はよく沖田さんのこの表情を目にする。授業であてられた時、体育でグラウンドに移動する時、むかつく奴をみつけた時、などなど。数え上げたらきりがないんだけど、とにかく沖田さんは気に入らないことにぶつかるといつもこの表情をする。そうされた側の自分も、えーと言いたくなる。その沖田さんの憎らしい顔をみれば。まあ、それが沖田さんなんだけど。沖田さんは仕方ねえなあ、という感じで俺をみたあと、視線を袋に戻して何かを掴み取った。俺にそれを放り投げると、自分も多分同じ物のそれを口に運んだ。ぱしりと投げられたものを受け取って掌をひらくと、花柄の包み紙にくるまれたキャンディが収まっていた。口に入れるとじんわりと甘みがひろがる。しばらく無言でキャンディを噛んでいると、沖田さんが言った。
「うまい?」 「はい」 「そりゃよかった」 それからしばらく再びの沈黙のあと、俺は小さく言った。 「よんでくれてありがとうございました」 「は?」 「あいたいって、あったから」 「あー、ああ」 「つーか、俺もあいたかったです」
もうすっごく、あいたかったんです。
沖田さんは少し眉をひそめたけれど、寒さとは別に顔が少し赤くなっていた。えへへと照れ笑いを洩らしたら、山崎むかつく!といわれ思い切り足を踏んづけられた。俺はぎゃあ、と短い悲鳴をあげた。沖田さんは仏頂面のままそっぽを向いた。それが照れ隠しだってわかってるから、不安にはならなかったしむしろ嬉しくなった。そんなにかわいいから、こんな寒い日にだって会いにいくんです。声になっていない声で呟く。沖田さんはかわいいといわれるのは嫌いだから(本当にかわいいんだけど)耳に入れば足を踏まれるどころじゃないと思う。そりゃあ男がかわいいなんていわれて気持ちが良いってことはないとは思うけど(俺だって嬉しくない)。その単語が似合っちゃう沖田さんは、やっぱり、かわいい。 「沖田さん、俺今超幸せです」 「なんでぃ急に」 「こんな寒いのに俺寒いの嫌いなのにですよ?」 「シカトかよ」 「まあまあ。で、それって沖田さんがいてくれるからで」 「・・・」 「そんなこと思うと、やっぱ俺沖田さんのことすきなんだあって実感するんです」
ああ、俺そうなんだ、沖田さんがいればそれだけで幸せなんだ。
俺は少し意地が悪いかと思いながら言った。 「沖田さんは?」 沖田さんは少し首を傾げて俺をみた。言わなきゃいけないの?そう目が訊き返している。俺が小さく頷くと、沖田さんはマフラーに鼻先まで顔を埋めてぼそりと言った。
「好きじゃなけりゃ、一緒にいねえし」
沖田さんの顔はさっきより赤く染まっていて、なんだからしくなかったけれど、昔から知っているみたいにそれを懐かしい、と思った。そんな表情をくれることが嬉しかった。ねえ、しあわせだよ。あなたもそうだって、そういってわらって。
キャンディはもうすっかり溶けて甘ったるい後味が残っているだけになってしまった。白いベンチは塗りたての頃より汚くなっていた。俺と沖田さんの間隔は、いつのまにか埋められていた。持ってきたお菓子をほおばりながら、たまに手を握って変に照れて何度か沖田さんにきもいと罵られた。まあ、いいけどね。ああ、明日(正確には今日)も学校があるな。また沖田さんにも会えるけれど、今ここから離れるのも惜しい気がして。折角ふたりきりなんだし? 「どうしよう沖田さん、帰ります?」 「え」 「え?」 沖田さんが驚いて目をまるくしている。俺も驚く。そんな表情をするとは思っていなかったから。
「もうかえんの?」
きょとんとした顔のまま沖田さんが訊き返して来た。っていうことは、沖田さんはまだここにいるつもりってことで、そしてそれは多分、俺と一緒に。 俺が何も言わないので沖田さんは帰るという意味にとったのか、少し寂しそうに顔を歪めた。ああ、そうだ俺、何か言わなくちゃ。なのに、こんな嬉しくなって、たった一言で。 「沖田さんが帰るまでいます」 そうだ、結局俺が沖田さんの願いを断れるわけはないのだ。それはまさに、俺の願いみたいなものなんだから。 沖田さんはそっか、と呟いて小さく溜息をついた。白く染まって背景の黒とちょっとしたコントラストになっていて、俺はそれに少し見惚れる。そのまま沖田さんは黙ってしまったけれど気詰まりな感じはなくて、俺は沖田さんの手もう一度を柔らかく握りこんだ。沖田さんの手は変に冷たくて、ああ手が冷たい人は心があったかいんだっけ?とどうでも良いようなことがふっと頭をよぎった。あ、でもこんな寒くちゃ誰でも一緒じゃん。まあほんと、どうでも良いんだけどね。 沖田さんはああさむい、と赤く染まった鼻をならしながらぼやいた。俺は結構あったかいんですけど。そう言ったらばっかじゃねえのとあしらわれる。静まり返った背景に沖田さんの声が妙に響く。まるで宇宙に俺と沖田さんだけが存在しているような錯覚。そんなのだったら宇宙せまいな、でも結構良いかもとか思っちゃう自分ってどうなんだろう。でも、それってなかなか素敵。
結局俺と沖田さんはふたりして夜が明けるまでベンチに座りっぱなしでいた。 世界の片隅で、俺たちは。
僕の宇宙は案外せまい
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