吸の仕方


 総悟は喉元を使って軽く息をする。見た目はそこら辺の下手な女よりキレイだからその息遣いに時々惑わされた。そんな事実を胸にしまいつつ、俺はパフェをほうばる。甘い…はずの味がよく分からない。脳内を別の物質が刺激するからだ。
「こんな夜中に呼び出してどういうつもり?」
 俺は三分の二まで食べたパフェのクリームとスポンジを掻き混ぜながら問い詰めた。夜中に薄暗いファミレスに呼び出されたんだ。訳くらい聞いてもいいだろう。総悟は少しも俺を見ないでぼうっと外を眺めている。街明かりが映し出す総悟の白い頬を俺は時々確認するように見た。

「サボリでさァ」
 不意に総悟が口を開いた。いつもは頼まないコーヒーをブラックで飲んで、視線も合わそうとしない。心なしか、瞼が紅い気もした。寝不足だろうか。…ってアイツのことだ。そんな訳ないか。こんな時間に隊服を着てんだから、多分サボリってのも嘘じゃないだろう。こうやって呼び出されるのも初めてじゃない。『暇だから・小腹が空いたから…、どーせ旦那も暇なんでしょう?』と毎回決め付けられる。けど俺はのこのこと総悟の前に出て来てしまう。酒をあまり飲まない総悟とは飲み仲間でもない。ましてや年齢も離れている、…友達なんて呼べる間柄でもない。時たま見せる大人びた表情と、やはり幼さの残る顔に見惚れるくらいだ。

「…それと、旦那を犯っちまおうかと思って」
 急に雰囲気を変えて総悟が言った。ごちゃごちゃ考えてた俺の思考をぶち抜くような展開だ。パフェの味がいよいよ分からなくなる。
「なにそれ。誘ってんのか?」
 総悟はニッコリと笑った。なんか企んでる証拠だ。付き合いは長くないが、コイツの特徴はいくつか知ってる。これもその一つだ。
「しけたこと言ーやがって」
 こんな言葉とは裏腹に、“まんざらでもない”これが俺の本性だった。

 *  *  *

 “そういうこと”をする場に男2人で入るなんて、情けない話だろう。まぁ、誰に見られるでもないからその判断は俺自身の問題かもしれねぇ。総悟が簡単に身体を許す奴じゃないのは一回目で分かった。女を相手に出来ない、ではなくて自ら相手にしないだけってのは三回目に知った。この世で総悟の中を知ってんのは俺だけ。これは何回目に気付いたか記憶にない。

 本当は服を1枚くらい着ててくれた方が俺好みだけど、総悟は汚れるのがヤダとか言って全部脱いだ。その割にシーツを被って平然な表情を装いながら目線を逸らす。こんないじらしい行動に俺は簡単に嵌まってしまう。

「総悟」
 シーツからサラリと顕れている肩に誘われるがまま手を伸ばした。あの剣を振るう肩は掴むと思ったより華奢で、そのまま辿って行った二の腕は鍛えぬかれた筋肉が程よく付いている。ホント惚れ惚れする。
「…ん、っ」
 耐えるように漏れた声を吸い込むように唇を塞いだ。音も無く落ちた白い布を足で追いやって代わりに身体を寄せた。総悟はいつも指先が冷たい。ギュッと握れば、ずっと固まっていた5本の指が溶けたように握り返す。人間味をあまり感じない総悟が、少しずつ本能を見せていく。俺の指先に処々を震わせ、首を伸ばして息を吐いた。俺はその首筋を吸い付けて総悟を泣かせる。塩っ辛い水を嘗めとりながら俺は『こんな時しか泣かない総悟』をもっと攻め立てた。
「だ…んな…っ」
 押し広げた太腿に膝から入り込む。柔らかくてクセになる。氷のように閉ざされた内は信じられないほど熱い。
 ドクドクと高ぶるソコに熱が集中する。同じように総悟も俺を求めて引き寄せた。奥へ奥へと誘われて、記憶が飛ぶくらいの快感を喰らう。
 なんでこんなことに気付いちまったんだ。総悟が離れない、離せない。後戻りなんてしたら…身体がイカレちまう。


 交わった後、俺はいつも1時間だけ寝る。それで、目を覚ます。ぼんやりとした感覚の中で総悟がすでにいないことだけを確認してまた寝る。これがパターンだ。後腐れが残るのが嫌なのか、朝まで隣にいたためしが無い。案外タフな野郎だ。

(…隊服?)
 珍しく総悟は残っているのか、脱いだ隊服が俺の目端に写った。しかし、なぜか寒気を感じるほど違和感がある。そうだ、あんなキレイに畳まれてる訳がない。乱雑に脱ぎ捨てていた総悟の姿が頭に浮かんだ。
 心臓が2、3度圧迫されたように鳴った。身体は考える間もなく木刀と服を掴んで動き出す。すぐに外に出ていた。さっきは気にならなかったが、総悟は脇になんか抱えてた。隊服を置いて、わざわざ着替えてどこに行くってんだ。しかも夜中の3時だぞ。 夜の遊びに行くでも、隊務に戻るでもないってくらい分かる。

 …せめて。せめてその辺でフラフラ泣いててくれ。そしたら俺がかくまってやるから。
 
 苛々する。なんでこんな掻き乱されてんだ。


「例の屋敷、人斬りにやられたってよ!」
「なら、その人斬りも殺られちまってんじゃねーか。狂った用心棒を雇ってるって言われ…」
「どこの屋敷だ」
 品の無いネオンの下で興奮気味に話す中を割り入った。不機嫌な表情で振り返った輩を睨み返す。すると途端に弱気な顔付きで答えた。
「す、すぐそこの天人の屋敷です。旦那も知ってるでしょう?」
 頭にすぐ浮かんだ。金にものを言わせてやりたい放題のあの天人だろ。どーせまたお上が一枚噛んでるってとこか。裏でなんかしてても捕まらない奴なんてたいていこのクチだ。俺は面倒だから手は出さねーたちだが、総悟がそうしてーなら話は別になる。だから迷いも無く踏み込めるんだ。

 趣味の悪い門は開け放たれ、中はただ時が止まったように静まり返っている。やっと目に入った人影は、倒れた天人の守衛たちだった。
「茶髪の不良美少年、見なかった?」
「お前、あいつの…!とっくに殺られて虫のい…ヒッ」
 急所は天人も似たようなもんか。首元を掴んで木刀を当てればスラスラ喋り出す。
「お、俺は見てねーけどそうやって言い回ってる奴がいたんだよ!裏庭でやり合ってたみてーだから見れば分かるさ!」
 あたかも俺をこの場から離れさせようっていう魂胆が見え見えの台詞だが、嘘はついてなさそうだ。乱暴に手を離し、俺は夜目を効かせながら進む。だが、たまに目に入るのは残党ばかりであまり意味がなかった。茶髪の美少年、総悟が人斬りの正体なら頷ける結果だ。しかも偉いことに全員峰討ち。戦闘意欲だけキレイに削ぎ斬ったみたいだ。ただ、よく分からねーのが狂った用心棒のこと。こういう奴まで峰討ちにしようとしちゃあ…それは無茶だ。

 裏庭らしき場所に着くと血の匂いがした。あー、やっぱ苛々する。

 心配で心配でたまらねー、なんて。
 
 でも。嫌な予感って大体的中すんだよな。あの木の根元にいる影が…見覚えのある人影だったりする。

「総悟ー、返事。返事しろって」

 俺は強弱付けずに呼び掛けた。月の明かりは総悟の肌を青白く見せる。木に寄り掛かるようにして瞳を閉じている総悟は生気無く答えない。そりゃそーか、この足元の感触は…どす黒い血だ。真実を知りたくない。手が伸ばせなかった。触れればすべてが終わっちまいそうで、この歳にして怖くなったんだ。
「総悟ー。こんなとこにいたら風邪ひくって」
 そんな胸元開いてちゃ、冷えちまうよ。総悟はいっつも手が冷たいもんな。あー、なんかすっげぇ…キレイだ。

 俺は無意識に口付けた。

 
『総悟は喉元を使って軽く息をする』
 
 そう、軽い息だ。

「なんだ。騙されちまったじゃねーか」
 俺はやっと腰を落として総悟の身体を抱きしめた。首の付け根に手を当ててもう一度確かめる。規則的に流れる血を指が感じた。あったかい。コイツの呼吸の仕方が、訳もなく愛しく感じる。

「一人で無茶すんなら…、俺を誘えよ」
 よく見たら、天人の血じゃねーか。狂った用心棒だけは峰討ちに出来なかったってとこだろ。まぎらわしいとこで寝てんなよ。
「お前の無茶な頼みくらいどーってことねーんだよ」
 胸元にかかる息を確かめるように顔を寄せた。身分や立場なんて気にする質じゃなさそうなのに、総悟はいつも縛られている。そんなキツイ柵(シガラミ)から抜け出そうと、俺の元に来てるように思えた。
「帰る…、…っ!?」
 不意にまばゆい光が視界を妨げ、地響きと突風が身体を揺らした。最後にドデカイ一発をぶちかましやがった…。犯人は恐らく俺の腕の中にいる奴だろう。屋敷さらぶっ飛ばして片付けちまうなんて…ホント総悟らしい。けど勘弁してくれよ、俺がいなかったらまた総悟に傷が付くとこだった。そしたらまた後悔が増える。


 我先にと屋敷を飛び出す天人たちに紛れて、俺は総悟を背負って抜け出した。

 誰に何と言われようが、今日は昼過ぎまで寝てやろうと思う。総悟の呼吸を頬で感じながら。そして起きたら説教をして…抱きしめてやろう。




【沖田総受祭さま*3 呼吸の仕方

北嶋ハルキ・
八百萬 2006.11.09


 
 
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